大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)262号 判決 2000年6月29日

原告

日本ブレイディ株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

株式会社巴川製紙所

代表者代表取締役

【E】

訴訟代理人弁護士

中島和雄

同弁理士

【F】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成7年審判第11330号事件について平成9年8月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「接着テープ」とする特許第1787813号発明(昭和59年8月21日特許出願、平成2年6月25日出願公告、平成5年9月10日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成7年5月25日、上記特許を無効にすることにつき審判を請求し、特許庁は、これを平成7年審判第11330号事件として審理した。被告は、上記審理の過程で、平成8年12月27日に、願書に添付した明細書の訂正の請求をした(以下「本件訂正請求」という。)。特許庁は、上記審理の結果、平成9年8月22日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決をし、同年9月22日、原告にその謄本を送達した。

2  特許請求の範囲

(1)  設定登録時における明細書の特許請求の範囲の記載

「支持体フィルム上に接着剤層を設けてなる、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープに於いて、該接着剤層が、アクリルニトリル樹脂、アクリル酸エステル樹脂、エポキシ樹脂、アクリルニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂から選択された少なくとも1つの樹脂と、フェノール樹脂とよりなる樹脂成分を含有することを特徴とする接着テープ」

(2)  本件訂正請求に係る明細書の特許請求の範囲の記載

「支持体フィルム上に接着剤層を設けてなる、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープに於いて、該接着剤層が、ポリアクリルニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂、アクリルニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂から選択された少なくとも1つの樹脂と、フェノール樹脂とよりなる樹脂成分を含有することを特徴とする接着テープ」

(以下、上記訂正前後の明細書を「本件明細書」といい、訂正前後で区別する場合に、訂正前のものを「登録時明細書」と、訂正後のものを「本件明細書」といい、本件発明についても、訂正前後で区別する場合に、訂正前のものを「登録時発明」と、訂正後のものを「本件発明」ということがある。)

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。

第3原告主張の審決取消事由の要点

「Ⅰ.本件特許の手続の経緯」は認める。

「Ⅱ.訂正の適否についての判断」の1(訂正事項の特定(審決書2頁15行目~4頁12行目))は認め、2(訂正の目的の適否、拡張、変更の存否)は否認し、3(独立特許要件の判断)は争う。

「Ⅲ.本件発明の要旨」は否認する。本件訂正請求は却下されるべきであるので、本件発明の要旨は、訂正前の特許請求の範囲となる。

「Ⅳ.当事者の主張」、「Ⅴ.当事者が提出した証拠」は認める。

「Ⅵ.特許無効申立理由に対する当審の判断」について

「1.第1の主張点①について」の(1)のうち、本件発明と甲第5号証、第6号証(審決の甲第1号証、第2号証)記載の発明との構成及び用途の相違に関する事項、本件発明と甲第7号証ないし第9号証(審決の甲第3号証~第5号証)記載の発明との用途及び効果上の相違などに関する事項は認め、その余は争う。

同(2)、(3)は争う(ただし一部認めるところがある。)。

「2.第2の主張点②について」、「3.第3の主張点③について」、「4.第4の主張点④について」はいずれも争う(ただし一部認めるところがある。)。

審決は、本件明細書の訂正の適否についての認定判断を誤り(取消事由1)、また、本件発明の進歩性の有無についての認定判断を誤り(取消事由2)、さらに、本件明細書の記載に不備があること、あるいは、本件発明が発明として未完成であることを看過し(取消事由3及び4)、その結果、本件発明に係る特許を無効とすることはできないとの誤った判断に至ったものであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(登録時明細書の訂正の適否についての認定判断の誤り)

(1)  審決は、登録時明細書の特許請求の範囲中の「アクリルニトリル樹脂、アクリル酸エステル樹脂」を「ポリアクリルニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂」に訂正することは、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると判断した。

上記訂正のうち「アクリル酸エステル樹脂」を「ポリアクリル酸ブチル樹脂」に訂正する部分は、アクリル酸に結合するエステル基をブチル基に限定したものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としたということができる。

しかし、「アクリルニトリル樹脂」を「ポリアクリルニトリル樹脂」に訂正する部分は、「ポリアクリルニトリル樹脂」が、アクリロニトリルの単独重合体のみからなる合成樹脂のみを意味するのではなく、アクリロニトリルの共重合体をも包含する合成樹脂を意味するものであって、結局、アクリロニトリル樹脂と同義語であるため、特許請求の範囲の減縮を目的とするものということはできない。

すなわち、確かに、「ポリアクリルニトリル」自体は、アクリロニトリルを単独で重合した特定の化合物の名称ではあるものの、「ポリアクリルニトリル樹脂」となると、化合物の名称ではなくなり、「ポリアクリルニトリル繊維」がアクリロニトリルの単独重合体を用いた繊維のみならず、アクリロニトリルの共重合体を用いた繊維をも意味するのと同じように、用途を含めた一般的な名称、すなわち、単独重合であれ共重合であれ、アクリロニトリルの重合によって得られる合成樹脂一般という意味となるのである。このことは、甲第46号証(昭和46年6月30日株式会社朝倉書店発行の「高分子辞典」)において、「ポリアクリロニトリル」という用語自体が使用形態をも意味するものとして用いられる例が示され、その中に、共重合体を含めている記載があることからも明らかである。

(2)  仮に「アクリルニトリル樹脂」を「ポリアクリルニトリル樹脂」に訂正することが特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められるとしても、訂正が認められるためには、これとは別に、他の要件である独立特許要件、すなわち、本件発明が独立して特許を受けることのできるものであるという要件の具備も必要であるから、この要件の判断の一つとしての、本件発明が登録時発明と比較して進歩性を有するかについての判断が必要となることは、いうまでもないところである。ところが、審決は、これについて何ら判断をしないままに、本件訂正請求を認めるという誤りを犯した。この誤りが審決の結論に影響することは、明らかである。

2  取消事由2(本件発明の進歩性についての認定判断の誤り)

審決は、本件発明の接着テープを構成する接着剤と甲第5号証及び第6号証記載の接着剤とは本質的に異なる材料であること、甲第7号証には、接着剤被覆フィルム又はシートを半導体装置のリードフレームのリードピン間を固定するために接着テープに使用する旨の記載がないこと、甲第8号証及び第9号証には、単にIC用のリードフレームのリードピン間を絶縁テープで固定することが記載されているにすぎず、その接着テープを構成する接着剤層の材料に関する具体的な記載がないこと、リードピン間の固定に際して電流リーク値という特有の課題を解決するために、これら甲号各証記載の発明を組み合わせるための技術的な動機付けがないこと、本件発明には、甲号各証記載の発明からは期待できないリードフレームのリードピン間を固定する際に電流リーク値を低減させることができるという特有の作用効果を奏することを根拠に、本件発明は、甲号各証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと認定判断した。

しかし、この認定判断は、誤っている。その理由は、次のとおりである。

(1)  前述のとおり、本件発明におけるポリアクリロニトリル樹脂は、前記1(1)に述べたとおり、アクリロニトリルの単独重合体のみからなる樹脂だけではなく、アクリロニトリルと他のモノマーとの共重合体からなる樹脂をも含む概念と解すべきであり、三元共重合体をも包含し得るものというべきである。一方、甲第5号証に具体的に記載されているアクリル樹脂接着剤は、35/60/5重量比のアクリロニトリル/ブチルアクリレート/メタクリル酸の三元重合体(ターポリマー)であるから、これは、本件発明のポリアクリル酸ブチル樹脂の範疇に属するものであり、本件発明で使用する接着剤層の接着剤と甲第5号証記載の接着剤とは異ならないものである。

したがって、本件発明のポリアクリロニトリル樹脂と甲第5号証の三元共重合体とは構造上本質的な違いがあるとはいえないから、本件発明の接着テープを構成する接着剤と甲第5号証及び第6号証記載の接着剤とは本質的に異なる材料であるとした審決の認定は誤っている。

(2)  甲第5号証には、そこに記載されている上記接着テ-プを半導体装置用リードフレ-ムのリードピン間を固定するために使用することについての記載がないことは事実である。しかし、甲第8号証に、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するために熱硬化性の耐熱性接着剤を片面に塗布したテ-プを使用することが記載されており、また、甲第4号証にはB段階のWAアクリル接着剤をコ-ティングした耐熱性フィルムのカプトン(登録商標)ポリイミドフィルムであるパイララックスは可撓性印刷回路基板に適用できるほか、複式インラインパッケージの製造時に個々のリードピンの共平面性と安定性を維持するためリードフレ-ムのテ-プに利用できることが記載されているのである。さらに、本件明細書の[従来の技術]の項には、「従来、リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープとしては、支持体フィルム、例えばポリイミドフィルムなどの上に、ポリアクリルニトリル樹脂、ポリアクリル酸エステル樹脂、エポキシ樹脂、あるいはアクリルニトリル-ブタジエン共重合体などを単独に、あるいは混合して塗工して得た接着テープが使用されている。」(甲第3号証の2の1頁16行~20行)と記載されている。このような技術背景を考慮したとき、甲第5号証に記載されている接着剤成分を半導体装置用リードフレ-ムのリードピン間を固定するために使用することは当業者の容易になし得ることというべきである。

また、本件明細書の記載を見ても、特にアクリロニトリル単独重合体を使用したことが共重合体を使用した場合に比して効果上どのような差異があるか不明であり、登録時明細書におけるポリアクリロニトリル樹脂を使用した実施例1と、アクリル酸、ブチルアクリレート及びメチルアクリレートの共重合体を使用した同実施例2とを対比しても、両者間に格別顕著な差異があるとはいえない。

したがって、本件発明について推考容易性を否定した審決の認定判断は、誤っている。

3  取消事由3(本件明細書の記載不備の看過)

本件発明の構成要素に包含される、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂は、いずれも、実施例として示されているポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂とは、化学構造も異なり、その特性も異なる。殊にアクリロニトリル-ブタジエン共重合体は、二元共重合体であり、合成ゴムとして知られているものであって、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂との間に類似点はない。他方、電流リークを低減させる要素については、本件発明において、何ら解明されていない。そうすると、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂について、いかなる根拠をもって、本件明細書の実施例に開示されている他の樹脂と同様に電流リークを低減させることができるべきであると解すべきであるかは、全く不明という以外にない。

上述した事情の下では、接着テープの接着剤層として使用しているアクリロニトリル-ブタジエン共重合体にフェノール樹脂をブレンドしたもの、あるいはブチラール樹脂にフェノール樹脂を添加したものが電流リーク値を低減させることが実施例によって明らかにされていない以上、本件明細書は、平成2年法律第30号による訂正前の特許法36条4項の要件を満たしておらず、これを適法とした審決の認定判断は、誤りというべきである。

4  取消事由4(発明未完成の看過)

本件明細書の特許請求の範囲には、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体又はブチラール樹脂にフェノール樹脂を配合した接着剤を使用する場合について記載されているものの、この発明を実証する記載は全くないから、本件発明は、全く実体のない特許発明を含むものであり、本件発明のすべてにつき完成した発明であるとした審決の認定判断は、誤っている。

アクリロニトリル-ブタジエン共重合体やブチラール樹脂は、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂とは、化学構造もその特性も異なるものである。他方、本件発明において電流リークを低減させる要素については、何ら解明されていない。殊に、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体は、二元共重合体であり、合成ゴムとして知られているものであって、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂との間に類似点はない。したがって、本件明細書の実施例に開示されている他の樹脂と同様に電流リークを低減させることができるとなし得る根拠はない。

上記アクリロニトリル-ブタジエン共重合体にフェノール樹脂を添加した接着剤についての発明は、実際には、後願の発明(特公平6-68100号、昭和63年9月29日出願、甲第24号証)において完成したものである。このことは、甲第23号証(審判の甲第19号証)として本件出願日より後の1991年(平成3年)10月18日に作成した被告の従業員作本征則の宣誓書に、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体にフェノール樹脂を添加しての実験のその結果の記載があることからも裏付けられる。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、すべて正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  取消事由1(登録時明細書の訂正の適否についての認定判断の誤り)について

(1)  高分子化合物においては、原料である単量体に「ポリ」を付けることによって単一重合体を示すのが一般の標記方法である。「ポリアクリロニトリル」とは、アクリロニトリルの単独重合体を意味するものであって、これが共重合体を意味する用語でないことは明白であり、それに性状を表す「樹脂」を付加した「ポリアクリルニトリル樹脂」がアクリロニトリルの単独重合体を意味すると解するのは極めて自然なことである。

登録時明細書においては、「アクリルニトリル樹脂」という表現は、アクリロニトリルを主単量体とする樹脂すべてを意味し、甲第5号証及び甲第6号証に記載のアクリロニトリル/ブチルアクリレート/メタクリル酸三元共重合体等も包含すると解釈される恐れがある表現であり、また、実施例のポリアクリロニトリル樹脂とも一致しない表現であった。この点に気付いた被請求人(被告)は、アクリロニトリル樹脂が、アクリロニトリル/ブチルアクリレート/メタクリル酸三元共重合体等の共重合体を包含すると解釈されることを防ぐ目的で本件訂正請求を行った。このような経緯からみても、本件明細書の特許請求の範囲における「ポリアクリルニトリル樹脂」が、ホモポリマー(単独重合体)であるポリアクリロニトリルを意味することが明らかである。

原告提出の甲第46号証には、確かに、ポリアクリロニトリル繊維の項にアクリロニトリルの単独重合体とそれを主成分とする共重合体の両者が記載されているが、これは繊維特有の用語であって、高分子化合物の一般的な用語ではない。繊維の分野においては、アクリロニトリル単一重合体からの繊維は染色性が悪いので、それを改善するために他の単量体と共重合させることが多く、その結果、アクリロニトリル単一重合体からの繊維と共重合体からの繊維とを峻別する必要がなくなり、「ポリアクリロニトリル繊維」という用語を使用しているにすぎないのである。また、原告の指摘する甲第46号証の記載は、ポリアクリロニトリルが共重合体をも包含するものと定義してはいない。

(2)  原告は、本件発明が独立して特許を受けることができるものであるとするためには、登録時発明と比較して進歩性を有するかについて判断しなければならなかったにもかかわらず、審決は、上記の点について何ら判断をしていないと主張する。しかし、これは理解に苦しむ主張である。本件発明の特許要件の存否の判断において、訂正によって削除されたものを比較対象として進歩性の有無を検討する必要は全くない。

2  取消事由2(本件発明の進歩性についての認定判断の誤り)について

(1)  本件発明において用いるポリアクリル酸ブチル樹脂は、甲第5号証に記載されているような三元共重合体は意味しないものである。ポリアクリル酸ブチル樹脂とは、アクリル酸ブチルが重合して形成される単独重合体よりなる樹脂であって、他のモノマーを構成成分として含む共重合体よりなる樹脂はこれに含まれない。また、ポリアクリロニトリル樹脂は、アクリロニトリルが重合して形成される単独重合体よりなる樹脂であって、他のモノマーを構成成分として含む共重合体はこれに含まれない。したがって、原告の主張は、前提において既に失当である。

(2)  本件明細書に記載されているように、従来から、リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープとしては、ポリイミドフィルム等の上にポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸エステル樹脂、エポキシ樹脂あるいはアクリロニトリル-ブタジエン共重合体等を単独で、あるいは、混合して塗工して得た接着テープが使用されてきていたが、これらに対しては、半導体装置において用いるものであるところから、半導体装置特有の厳しい要件が要求され、それらを満足するものが求められていた。

本件発明は、上記の樹脂とフェノール樹脂とを併用することによって、半導体装置特有の厳しい要求が満たされることを見出してなされたものである。

本件発明の接着テープを用いて半導体装置を作製すると、作製時にワイヤーボンディングミスが生じたり、隣同士のリードピンが接触して電気的な絶縁性が保てなかったり等、半導体装置特有の問題を生じることがなく、不良品の作製割合が低下するという効果を奏するものである。また、本件発明の接着テープは、樹脂封止後、PCT(プレッシャークッカーテスト)による過酷な高温高湿の環境下においても、リードピン間の絶縁不良が生じないので、電流リークによる非常に微少な電流(10-9アンペア)の発生が起こりにくく、したがって、半導体装置の誤作動が生じにくいので、半導体装置の信頼度が高くなるという優れた効果を奏するのである。

(3)  なお、プリント配線板の接着剤に要求される耐湿試験(耐候性試験)によって評価される電気絶縁性と、リードフレームのリードピン間を固定する接着テープにおいて求められる長期信頼性を確保するためのPCTによるリーク電流値の特性とは、本質的に異なる電気的特性であり、このことは、評価方法が相違することからも明らかである。すなわち、プリント配線板に使用する接着剤の電気絶縁性の評価は、JISC6481により、40℃、90%RHといういわゆる耐湿試験に基づく加速試験により行われ、これによって材料系の初期不良の把握を行うのに対して、本件発明でいうリーク電流値の評価は、半導体装置の長期信頼性を保証するための信頼性試験の一つであって、その加速試験条件は、本件明細書に記載しているように、PCTによって行われるのである。

3  取消事由3(本件明細書の記載不備の看過)

原告は、接着テープの接着剤層として使用しているアクリロニトリル-ブタジエンにフェノール樹脂をブレンドしたもの、あるいはブチラール樹脂にフェノール樹脂を添加したものが電流リーク値を低減させることが、実施例によって明らかにされていない以上、本件明細書は、特許法36条4項の要件を満たしていないと主張する。

しかしながら、明細書において、特許請求の範囲に記載されている事項のすべての場合についての実施例を記載しなければならないものではなく、実施例は、特許出願人が最良の結果をもたらすと思うものをなるべく多種類掲げて記載し、必要に応じ具体的数字に基づいて事実を記載すれば足りるのである。

アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂の場合について、電流リークを低減させることの実施例がなくても、実施例に記載の樹脂の場合と同様に実施してみることは、当業者ならば適宜なし得ることである。

4  取消事由4(発明未完成の看過)について

原告は、本件明細書の特許請求の範囲には、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体あるいはブチラール樹脂にフェノール樹脂を配合した接着剤を使用する場合について記載されているものの、この発明を実証する記載は全くないから、本件発明は、全く実体のない特許発明を含むものであり、本件発明をすべて完成している発明とした審決の認定判断は誤っていると主張する。

しかし、本件明細書に、原告指摘の実施例が記載されていなくても、本件明細書には、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂についても、当業者ならば容易に実施できる程度に記載されているのであるから、実施例がないからといって発明が未完成であるということにはならない。

実施例は、出願人が最良の結果をもたらすと思うものをなるべく多種類掲げて記載し、必要に応じ具体的数字に基づいて事実を記載すれば足りるのである。アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂は、実施例で開示されているポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂と、接着剤樹脂として同効物であると認められるから、これらの場合に、電流リークを低減させることの実施例がなくても、発明が未完成であるということにはならない。

また、原告は、甲第23号証(審判の甲第19号証)を挙げて、具体的にアクリロニトリル-ブタジエン共重合体にフェノール樹脂を添加した接着剤についての発明は、後願の発明において完成したものである旨主張する。しかし、甲第23号証の宣誓書で述べられている実験は、本件発明に関する実験ではなく、甲第22号証(審決甲第18号証)の米国特許出願(本件発明を改良したものとして出願された発明に係る出願)に関してなされたものである。原告の主張は、失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(登録時明細書の訂正の適否についての認定判断の誤り)について

(1)  登録時明細書の特許請求の範囲中の「アクリルニトリル樹脂」を「ポリアクリルニトリル樹脂」と訂正することが特許請求の範囲を減縮することになるか否か、について検討する。

「アクリロニトリル」が、CH2=CHCNという構成を有する化合物であること、「ポリアクリロニトリル」が、上記アクリロニトリルの単独重合物であり、

との構造を有する物質であることは、乙第3号証(昭和38年5月28日丸善株式会社発行の「化繊便覧」457頁)、乙第11号証(昭和35年3月30日共立出版株式会社発行の「化学大辞典1」)から明らかである。

そうすると、「ポリアクリルニトリル樹脂」とは、一般的な用語例に従えば、「ポリアクリルニトリル」の「樹脂」ということになるから、これによる限り、アクリロニトリルの単独重合物である「ポリアクリルニトリル」が「樹脂」の性状となっているものを意味することになり、このようなものとして理解するのが、最も自然であるということができる。

甲第3号証の1(訂正請求書)によれば、被告は、アクリロニトリル樹脂及びアクリル酸エステル樹脂について、それが単独重合体のほかに共重合体をも包含する表現であると考え、これらを実施例1に記載された単独重合体のみを意味する表現に訂正する目的で、登録時明細書の特許請求の範囲中の「アクリルニトリル樹脂、アクリル酸エステル樹脂」との記載を、「ポリアクリルニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂」と訂正し、この訂正に伴い、発明の詳細な説明中の同様の記載も訂正し、特許請求の範囲に包含されなくなった実施例2を削除したものであることが認められ、これによれば、被告は、本件明細書において、「ポリアクリルニトリル樹脂」という語を、上記一般的な用語例に従って使用することを明らかにし、これを本件明細書自体に反映させたものであることが明らかである。

原告は、「ポリアクリルニトリル樹脂」が「ポリアクリロニトリル繊維」と同じように用途を含めた一般的な名称であることを前提に、「アクリロニトリル樹脂」と「ポリアクリロニトリル樹脂」とは同義語であり、いずれもアクリロニトリルの共重合体よりなる合成樹脂あるいはこれを包含する合成樹脂をも意味するものであって、アクリロニトリルの単独重合体のみからなる合成樹脂と理解することはできないと主張する。

しかしながら、本件全証拠を検討しても、「ポリアクリルニトリル樹脂」が「ポリアクリロニトリル繊維」と同じように用途を含めた一般的な名称であるとか、「アクリルニトリル樹脂」と「ポリアクリルニトリル樹脂」とは同義語であり、いずれもアクリロニトリル共重合体よりなるあるいはこれを包含する樹脂をも意味するとかいったことを裏付ける証拠を見出すことはできない。

原告が、その主張を裏付ける資料であるとして提出している甲第46号証(高分子学会編高分子辞典)を検討すると、「ポリアクリロニトリル」の項には、「ポリアクリロニトリルは単一の重合体として利用されることはほとんどなく、いろいろの単量体との共重合体として合成繊維や合成樹脂の形で使用される。」(661頁右欄8行~11行)との記載があり、続いて、その合成繊維や合成樹脂の例として、「アクリロニトリル樹脂」、「アクリロニトリル-ブタジェン-スチレン樹脂」、「アクリロニトリル-ブタジェンゴム」、「ポリアクリロニトリル繊維」が挙げられている(661頁右欄12行~15行)。また、「ポリアクリロニトリル繊維」の項には、「繊維製品の品質表示規格によると、アクリロニトリルを主成分とする共重合体で、その重量割合が50%以上のものをアクリル、それよりも低いものをアクリル系という」(661頁右欄17~21行)との記載があり、「アクリロニトリル樹脂」の項目には、「アクリロニトリルは単一な重合体として使用されることはほとんどなく、成形用プラスチックとしても共重合体が使用されている。」(6頁右欄20~23行)との記載がある。「ポリアクリロニトリル樹脂」という項目はない。

上記記載によれば、アクリロニトリルは、その単独重合体、すなわち、「ポリアクリロニトリル」として使用されることは、ほとんどなく、特に、繊維業界においては、アクリロニトリルを主成分とする共重合体からなる繊維についても「ポリアクリロニトリル繊維」と呼んでいることが認められるものの、繊維業界に、このような用語例があるからといって、直ちに、「ポリアクリロニトリル樹脂」という化合物の性状を示す語についてまで、「繊維」の場合と同様に、アクリロニトリルの共重合体をも含むものとして一般に使用されていると認めることはできない。しかも、アクリロニトリルがその単独重合体の「ポリアクリロニトリル」として使用される場合もあることは明らかであり、このような単独重合体の「ポリアクリロニトリル」が樹脂の形態をとるとき、これを「ポリアクリロニトリル樹脂」と称するのは当然である。そして、登録時明細書(甲第2号証)をみれば、被告は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明において、この意味で「ポリアクリロニトリル樹脂」の語を使用していることが明らかである。

したがって、一般的な用語例に従ってなされた本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明中の「ポリアクリロニトリル樹脂」の記載をもって、「アクリロニトリル樹脂」と同義であるなどと解する余地はない。

原告の上記主張は、失当というほかない。

(2)  原告は、本件発明に独立特許要件としての進歩性を認めるためには、登録時発明と比較して進歩性を有するかについて判断しなければならなかったにもかかわらず、審決は、上記の点について何ら判断をしていない旨主張するが、採るを得ない。訂正を認めるための要件の一つである独立特許要件の判断において比較の対象になるべきは、従来技術(特許法29条1項各号所定の発明)であって、訂正請求前の特許請求の範囲に係る特許発明ではないことは、論ずるまでもないところだからである。訂正請求前のものが比較の対象になり得るのは、それが出願時における上記の意味での従来技術に該当するとき、該当する限りにおいてのことにすぎない。

2  取消事由2(本件発明の進歩性についての判断の誤り)について

(1)  原告は、本件発明におけるポリアクリロニトリル樹脂は、アクリロニトリルの単独重合体のみからなる樹脂だけではなく、アクリロニトリルと他のモノマーとの共重合体からなる樹脂とをも包含する概念と解すべきであるから、この場合、甲第5号証に記載された三元共重合体も本件発明におけるポリアクリロニトリル樹脂に該当するものと解されるとし、これを前提として、本件発明の接着テープを構成する接着剤と甲第5号証及び第6号証記載の接着剤とは本質的に異なる材料であるとした審決の認定を非難する。

しかし、本件発明におけるポリアクリロニトリル樹脂が、単独重合体である「ポリアクリロニトリル」が樹脂の性状となったものを意味するものであることは、前記認定のとおりであり、そうすると、原告の上記主張は、誤った前提に立つものであり、失当というほかない。

(2)  次に、本件発明が容易に推考し得たものであるか否かについて検討する。

(イ) 甲第5号証(米国特許第3,728,150号。特許発行日1973年(昭和48年)4月17日)には、ポリイミドフィルムの上を、アクリル接着剤組成物で被覆した接着フィルムであり、そのアクリル接着剤組成物が、15~50重量%のアクリロニトリル、メタクリロニトリル又は混合物の重合体、84~45重量%のブチルアクリレート、エチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、ラウリルアクリレートまたはそれらの混合物、及び1~5重量%のメタクリル酸、アクリル酸、イタコン酸またはそれらの混合物の重合体であり、架橋性樹脂としてフェノール樹脂を包含させたものから構成されるという技術(特許請求の範囲の請求項1参照)が記載されていることが認められる。

また、同号証によれば、「本発明のアクリル接着剤を塗布されたポリイミドフィルムは、種々のタイプのラミネート製品に特に好適であり、そして特に良好な接着性を示す。多層に塗布されたポリイミドフィルムに種々の金属箔、特に銅をラミネートすることによって回路基板を構成する所において、ひときわ優れた結果を得ることができる。これらの接着剤を塗布したフィルムは、種々のタイプの基板をラミネートする際に良好な接着性を示す。」(6欄64行~72行)との記載があることが認められる。

(ロ) 甲第7号証(特開昭54-125284号公報)には、「アクリロニトリルブタジエン共重合体30~65重量%、エポキシ樹脂5~40重量%、およびエポキシ樹脂と架橋性を有しないアルキルフェノール樹脂15~50重量%からなる接着剤組成物を介して合成樹脂絶縁シートと金属箔とを連続して加熱圧縮することを特徴とするフレキシブル印刷配線板の製造方法。」(特許請求の範囲)、「接着剤組成物は合成樹脂絶縁シートおよび金属箔両者との強固な接着性、優れた耐熱性および高度な電気絶縁性が要求される。」(1頁右下欄7行~9行)、「合成樹脂絶縁シートおよび金属箔との接着性、耐熱性をひととおり満足しうる組成物として例えば、ナイロン-エポキシ混合物があるが、このものは電気絶縁性、特に高湿下における絶縁抵抗の低下が著しく、したがって用途が限定される欠点がある。また、このような電気絶縁性が改良された組成物としてポリビニルブチラール-エポキシ-フェノールホルマリン樹脂混合物、あるいはポリエステル-イソシアネート混合物などがある」(1頁右下欄15行~2頁左上欄4行)、「本発明のフレキシブル印刷配線板製造方法により、強固な接着性、優れた耐熱性、高度な電気絶縁性特に高湿下での絶縁特性に優れた性能が得られ、」(2頁右上欄12行~15行)、「フェノール樹脂は、アクリロニトリルブタジエン共重合体との架橋性がすぐれ、かつエポキシ樹脂とは架橋しないアルキルフェノール樹脂が使用できる。」(2頁右下欄末行~3頁左上欄3行)、「測定方法 絶縁抵抗、引き剥し強さ、はんだ耐熱性は、JISC6481に依った。※印は40℃、湿度90%で測定した。」(4頁右下欄1行~4行)(判決注、「※印」は絶縁抵抗の処理条件である。)との記載があることが認められる。

(ハ) 甲第8号証(実開昭54-88268号に係る明細書)には、「半導体ペレット接続用タブと該タブの周辺にビーム状に配置された複数のリードからなるIC用リードフレーム上に該タブの支持リードに直交して、または該タブを取り囲んで前記ビーム状に配列された複数のリード先端部を1mm以上残して熱硬化性の耐熱性接着剤を片面に塗布した耐熱性で且つ熱伸縮性のない絶縁テープを貼着してなるIC用リードフレーム。」(実用新案登録請求の範囲)が図面とともに記載されていることが認められる。

(ニ) 甲第4号証(「パイララックス」のパンフレット)には、「リードフレームテーピング用パイララックス(登録商標)WA/K塗布可撓性複合物」の見出しの下で、「パイララックスWA/Kは、B段階のWAアクリル接着剤のコーティングされたカプトン(登録商標)ポリイミドフィルムからなる複合剤の1つです。パイララックスWA/Kは、可撓性印刷回路基板へ適用できる他、複式インラインパッケージの製造時に個々のリードピンの共平面性と安定性を維持するためリードフレームのテープ付用に利用されてきました。」(1頁左欄1行~7行)などとの記載があり、甲第29号証の1(1996年7月9日付け【G】の陳述書)によれば、上記パンフレットは、1982年(昭和57年)7月に米国で印刷され、遅くとも1983年(昭和58年)には、我が国において頒布されたことが認められる。

なお、上記甲第29号証の1及び甲第28号証(1996年4月8日付けエドワード エル ユアンの宣誓供述書)、甲第34号証(1997年2月28日付けエドワード エル ユアンの「宣誓書」)によれば、上記パイララックスWA/Kで使用される「アクリル接着剤」は、フェノール樹脂とアクリロニトリル/ブチリルアクリレート/メタクリル酸の共重合体を含有していることが認められる。しかし、本件全証拠を検討しても、デュポン社が、本件発明の特許出願前に、パイララックスWA/Kで使用される「アクリル接着剤」について、フェノール樹脂とアクリロニトリル/ブチリルアクリレート/メタクリル酸の共重合体を含有するものであることを公表したことを認めるに足りる証拠がない。このような場合、当業者が、上記「アクリル接着剤」の組成を知るためには、製品を購入したうえで、化学分析を行わなければならないのであるから、このような事情の下では、本件発明の特許出願時には、パイララックスWA/Kに「アクリル接着剤」が包含されていることが公知となっていたにすぎず、パイララックスWA/Kがフェノール樹脂とアクリロニトリル/ブチリルアクリレート/メタクリル酸の共重合体を含有するものであることまで公知となっていたと認めることまではできないというべきである。

(3)  上記(イ)ないし(ニ)認定の各事実を総合すると、本件発明の特許出願当時には、組成として、「15~50重量%のアクリロニトリル、メタクリロニトリル又は混合物の重合体、84~45重量%のブチルアクリレート、エチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、ラウリルアクリレートまたはそれらの混合物、および1~5重量%のメタクリル酸、アクリル酸、イタコン酸またはそれらの混合物の重合体であり、交叉結合性樹脂としてフェノール樹脂を包含させた」アクリル接着剤、あるいは、「アクリロニトリルブタジエン共重合体30~65重量%、エポキシ樹脂5~40重量%、およびエポキシ樹脂と架橋を有しないアルキルフェノール樹脂15~50重量%からなる」接着剤やナイロン-エポキシ混合物、ポリビニルブチラール-エポキシ-フェノールホルマリン樹脂混合物からなる接着剤を、プリント基板用の接着剤として使用するという技術が開示されていたこと、また、「熱硬化性の耐熱性接着剤」又は「アクリル接着剤」を、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープの接着剤層として使用するという技術が開示されていたことが認められる。

以上によれば、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープの技術分野においても、当業者が、「アクリルニトリル樹脂、アクリル酸エステル樹脂、エポキシ樹脂、アクリルニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂から選択された少なくとも1つの樹脂」に、架橋性樹脂としてフェノール樹脂を加えたものを接着テープとして使用するという技術に想到することは、さほど困難なことではなかったものというべきである。

(4)  そこで、次に、作用効果の面から本件発明の進歩性について検討する。

(イ) 甲第3号証の1及び2によれば、本件明細書には、次の記載があることが認められる。

「いわゆるプレッシャークッカーテスト(圧力2気圧、温度121℃)により特性検査を行う時、テストの経過時間とともに次第にテープ部分を導通して電流が流れる現象が顕著になり、プレッシャークッカーテストの開始時に10-14~10-15アンペア程度であった電流の導通(以下、電流リークという)が、500時間経過後には、10-4~10-5アンペア程度にまで変化する。プレッシャークッカーテスト500時間経過後の電流リーク値は、10-9アンペア程度より小さくないと実用上支障があるといわれている。」(1頁末行~2頁7行)

「本発明は、以上の情況に鑑み、この様な電流リークの小さい接着テープを開発するために鋭意検討を重ね、接着剤層の少なくとも一つの成分として、フェノール樹脂を使用すればこの電流リーク値を著しく低減させることができるという驚くべき事実を見出だし、本発明に到達したものである。」(2頁9行~12行)

「実施例 1

ポリアクリルニトリル樹脂 30部

ポリアクリル酸ブチル樹脂 20部

レゾール型フェノール樹脂 10部

以上の樹脂をメチルエチルケトンに溶解し塗工液とし、50μmのポリイミドフィルム(商品名:カプトン、デュポン社製)にリバースロールを使用して塗工乾燥し、約25μmの接着剤層を有する接着テープを作製した。・・・

同様に比較用サンプルとして、

ポリアクリルニトリル樹脂 50部

ポリアクリル酸ブチル樹脂 30部

をメチルエチルケトンに溶解し塗工液とし、50μmのポリイミドフィルム(商品名:カプトン、デュポン社製)に塗布して接着テープを作製した。この接着テープを使用して、同様に半導体パッケージを作製した。

これ等のサンプルについて、プレッシャークッカーテストを実施したところ、第1図のように本発明の接着テープを使用したものは、電流リーク値(2)の初期値が10-15アンペアであったものが、500時間経過後も10-13アンペアに変化したのみで良好であるのに対し、比較用の接着テープを用いたものは、500時間経過後の電流リーク値(1)が10-5アンペアまで低下した。」(3頁2行~24行)

「実施例 2

接着剤として、下記組成のものを使用した以外は、実施例1と全く同様にして接着テープのサンプルを作製した。

エピコート100(油化シェル製品)100部

ジシアンジアミド 4部

レゾール型フェノール樹脂 40部

同時にフェノール樹脂を含まない下記組成の接着剤層を設けた接着テープを比較用サンプルとした。

エピコート100(同上) 100部

ジシアンジアミド 4部

プレッシャークッカーテストの結果を第2図に示す。第2図の曲線3及び4に示される如く、フェノール樹脂を含有する接着剤層を持つ接着テープを使用した半導体パッケージのサンプルは、その電流リーク値の変化がフェノール樹脂を含まない組成の接着剤層を持つ接着テープを使用した場合に比べ、著しく優れていることがわかる。」(3頁25行~4頁10行)

「以上のことから明らかなように、本発明による接着テープは、電流リークがなく、耐熱性もよく、半導体装置用リードフレームのリードピン間固定のための接着テープとして実用性の高いものである。」(4頁12行~14行)

(ロ) 本件発明の願書添付図面の第2図には、曲線3では、電流リーク値の初期値が約10-15アンペアであったものが、500時間経過後に約10-5アンペアに変化したこと、曲線4では、電流リーク値の初期値が10-15アンペアであったものが、500時間経過後に約10-14アンペアに変化したことが示されている。(甲第3号証の2の第2図)

(ハ) 弁論の全趣旨によれば、上記実施例2で使用されたもののうち、レゾール型フェノール樹脂以外のものが、エポキシ樹脂の製品であることは明らかである。

(ニ) 上記(イ)ないし(ハ)の事実によれば、実施例1については、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂とフェノール樹脂からなる接着剤のサンプルと、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂のみからなりフェノール樹脂を欠く接着剤のサンプルとについて、プレッシャークッカーテストで比較試験をしたところ、前者については、電流リーク値の初期値が10-15アンペアであったものが、500時間経過後も10-13アンペアに変化したのみで良好であったのに対し、後者については、500時間経過後の電流リーク値が10-5アンペアまで低下するという結果が得られたこと、また、実施例2については、エポキシ樹脂とフェノール樹脂からなる接着剤のサンプルと、エポキシ樹脂のみからなりフェノール樹脂を欠く接着剤のサンプルとについて、プレッシャークッカーテストで比較試験をしたところ、前者については、電流リーク値の初期値が約10-15アンペアであったものが、500時間経過後も約10-14アンペアに変化したのみで良好であったのに対し、後者については、500時間経過後の電流リーク値が約10-5アンペアまで低下するという結果が得られたことが認められる。

(ホ) 以上によれば、本件発明は、「半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープ」という技術分野において、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂とフェノール樹脂とからなる接着剤、及び、エポキシ樹脂とフェノール樹脂とからなる接着剤のサンプルについて、それぞれ試験を行い、圧力2気圧、温度121℃、相対湿度(RH)100%(プレッシャークッカーテスト。乙第13号証の1106頁左欄6行目~10行目、乙第14号証参照)という高圧、高温、高湿下における絶縁抵抗の低下において、500時間経過後においても低い電流リーク値を維持したままで、従来技術にみられる電流リークの低下が著しく改善されたことから、「接着剤層の少なくとも一つの成分として、フェノール樹脂を使用すればこの電流リーク値を著しく低減させることができる」(甲第3号証の2の2頁10行及び11行)という顕著な効果を見出したものとして、これを発明としたものである、ということができる。

前記(2)(ロ)記載のとおり、プリント基板の接着剤の技術分野において、高度な電気絶縁性のほか、高湿下における絶縁抵抗の低下への対策が技術課題の1つとなっていたことが認められるものの、この場合には、絶縁抵抗の検査をJISC6481に従い、40℃、湿度90%という条件で行っていたのに対し、本件発明のプレッシャークッカーテストでは、圧力2気圧、温度121℃、相対湿度(RH)100%という条件の下に500時間置いて試験をするというものであって、本件発明で得られた電気特性は、従来の検査によって明らかにされる従来技術のものの比ではなく、従来技術から予測される範囲を超えるものと認められる。

そうすると、このような電気特性を満足し、顕著な効果を奏する本件発明を、本件発明の出願当時の技術から当業者が容易に想到し得たものとすることはできない、というべきである。

(5)  原告は、本件明細書の記載を見ても、特にアクリロニトリル単独重合体を使用したことが共重合体を使用した場合に比して効果上どのような差異があるか不明であり、登録時明細書におけるポリアクリロニトリル樹脂を使用した実施例1と、アクリル酸、ブチルアクリレート及びメチルアクリレートの共重合体を使用した同実施例2とを対比しても、両者間に格別顕著な差異があるとはいえない旨主張する。

しかしながら、本件発明の進歩性を検討するに当たって、比較の対象とすべきは従来技術であって、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載されていたアクリロニトリルの共重合体に係る発明ではないことは論ずるまでもないことであるから、原告の主張は、主張自体失当という以外にない。

3  取消事由3(明細書の記載不備についての判断の誤り)について

特許を受けようとする者が特許庁長官に提出すべき願書には、出願人の氏名又は名称及び住所又は居所、発明の名称、発明者の氏名及び住所又は居所を記載しなければならず(平成8年法律第68号による改正前の特許法36条1項)、願書には、明細書及び必要な図面を添付し、その明細書には、発明の名称、図面の簡単な説明、発明の詳細な説明、特許請求の範囲を記載しなければならず(平成2年法律第30号による改正前の同法同条2項)、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならない(平成6年法律第116号による改正前の同法同条4項)ものと定められている。

本件発明は、その特許請求の範囲の記載からみて、①支持体フィルム上に接着剤層を設けてなる、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープに於いて、②該接着剤層が、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂から選択された少なくとも1つの樹脂と、③フェノール樹脂とよりなる樹脂成分を含有する、④ことを特徴とする接着テープ、という構成からなっているものであることが明らかである。

そこで、発明の詳細な説明をみると、実施例1につき、

「ポリアクリルニトリル樹脂 30部

ポリアクリル酸ブチル樹脂 20部

レゾール型フェノール樹脂 10部

以上の樹脂をメチルエチルケトンに溶解し塗工液とし、50μmのポリイミドフィルム(商品名:カプトン、デュポン社製)にリバースロールを使用して塗工乾燥し、約25μmの接着剤層を有する接着テープを作製した。」(甲第3号証の2の3頁3行~8行)と、実施例2につき、

「接着剤として、下記細成のものを使用した以外は、実施例1と全く同様にして接着テープのサンプルを作製した。

エピコート100(油化シェル製品)100部

ジシアンジアミド 4部

レゾール型フェノール樹脂 40部」(甲第3号証の2の3頁26行~4頁1行)と、それぞれ記載されており、この接着テープが、半導体装置用リードフレームのリードピン間を固定するための接着テープであることは自明であるから、実施例1及び同2には、上記①ないし④の構成のすべてが記載されているものと認められる。

そうすると、②中の「ポリアクリルニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂」や「エポキシ樹脂、」以外の樹脂、すなわち、「アクリロニトリル-ブタジエン共重合体及びブチラール樹脂」についての実施例が記載されていないとしても、当業者であれば、実施例1及び2と同様にして極めて容易に再現することができることが明らかである。

なお、接着剤層の成分として、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体あるいはブチラール樹脂と、フェノール樹脂とよりなる樹脂成分を採用したものの効果につき、試験による直接の裏付けを欠いていても、それを完成した発明とみて差し支えないことは、後記4のとおりである。

したがって、本件明細書中には、接着剤層の成分として、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体やブチラール樹脂と、フェノール樹脂とよりなる樹脂成分を含有する場合について実施例の記載がないことを根拠に、本件明細書が特許法36条4項の要件を満たしていないとする原告の主張は、失当というほかない。

4  取消事由4(発明未完成についての判断の誤り)について

(1)  原告は、本件発明の訂正後の特許請求の範囲には、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体又はブチラール樹脂にフェノール樹脂を配合した接着剤を使用する場合について記載されているものの、本件発明に係る出願の当時、この発明を実証するものは全くなかったから、本件発明は、未完成の発明を含むものである旨主張するので、検討する。

(2)  本件発明の特許性の根拠となるのが、予想を超えた特定の顕著な効果であることは、既に述べたところから明らかである。

一般に、発明のこのような予想を超える特定の効果については、とりわけ、化学に関する発明の場合、試験してみないとその存否が分からないのが通例であることは、当裁判所に顕著であるから、例えば、試験するまでもなくその存在を肯定することを許すような特別の事情のない限り、発明が完成したといえるためには、当該効果が試験結果によって確認されていることが必要であるというべきである。

効果を確認するための試験結果は、特許請求の範囲に係る発明が完成されたものであることを証明するものであればよいわけであるから、その試験は、必ずしも網羅的である必要はないというべきであるものの、発明が完成されたといえるためには、それがいまだ着想の域を出ないものであってはならないことは自明であり、少なくとも、出願当時の技術水準の下で、当業者において、当該効果があると確信し得る程度の試験結果が得られていることを要するものというべきである。

(3)  本件についてみると、前記認定のとおり、実施例1においては、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂とフェノール樹脂からなる接着剤のサンプルについて、実施例2においては、エポキシ樹脂とフェノール樹脂からなる接着剤のサンプルについて、長時間経過後においても低い電流リーク値を維持したままで、従来技術にみられる電流リークの低下が著しく改善されるという顕著な効果を奏することが試験によって確認されている。

他方、上記実施例で用いられたポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸エステル樹脂とエポキシ樹脂に着目すると、これらは、いずれも、プリント基板用の接着剤として使用されている物質という点では同じであるものの、前二者が熱可塑性樹脂であるのに対して、後者は、熱硬化性樹脂であり、この点において組成が全く相違することは、弁論の全趣旨によって明らかである。

このように、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸エステル樹脂とエポキシ樹脂は、組成において大きく異なるところのある接着剤であるにもかかわらず、実施例1においても実施例2においても、フェノール樹脂が存在すると、長時間経過後においても低い電流リーク値を維持したままで、従来技術にみられる電流リークの低下が著しく改善されるという点では同じなのであり、実施例1と実施例2とで共通に存在する物質はフェノール樹脂のみであることからすると、なぜこのような現象が起きるのか理論的に解明されていないとしても、上記電流リークの著しい改善という効果は、フェノール樹脂という物質の作用によってもたらされると考えるのが、最も合理的な推論となるものというべきである。

(4)  アクリロニトリルーブタジエン共重合体が、合成樹脂ではなく、合成ゴムであること、ブチラール樹脂が、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂と同様に熱可塑性樹脂であることは、弁論の全趣旨から明らかである。そして、前記2(2)(ロ)に認定したところによれば、いずれも、プリント基板用の接着剤として用いられているものである。

アクリロニトリル-ブタジエン共重合体又はブチラール樹脂とフェノール樹脂からなる接着剤について、本件明細書に実施例が記載されていないことは、明細書自体から明らかであるものの、上記のとおり、電流リークの著しい改善という効果が、フェノール樹脂という物質の何らかの作用によってもたらされると推論するのが最も合理的であることからすると、この推論を妨げる特別の事情の認められない限り、当業者が、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体やブチラール樹脂にフェノール樹脂を加えた場合にも同様の効果を奏するであろうと強い確信を持って推測し得ることは明らかというべきである。そして、本件全証拠によっても、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体やブチラール樹脂にフェノール樹脂を加えた場合につき、上記特別の事情が存在することを認めることはできない。

(5)  原告は、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体やブチラール樹脂は、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂とは、化学構造もその特性も異なるものであり、また、本件発明において電流リークを低減させる要素についても解明されていないとし、殊に、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体は、二元共重合体であり、合成ゴムとして知られているものであって、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリアクリル酸ブチル樹脂、エポキシ樹脂との間に類似点はないとして、本件明細書の実施例に開示されている他の樹脂と同様に電流リークを低減させることができるとなし得る根拠はない旨主張するが、いずれも上記認定判断を妨げる理由とはなりえないから、採用できない。

本件発明が未完成である旨の原告の主張も、失当である。

5  以上によれば、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がなく、その他、審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例